*會 祖 父 に つ い て*

 


   曾祖父と家族


 

生ビールがヱビスの理由
この写真は、「CAFE TAIGETSU」。
明治〜大正〜昭和初期に會祖父が仙台で営んでいたお店の外観です。
その当時、仙台にCAFEは2軒しかなかったそうです。

岩手の造り酒屋の息子として生まれた會祖父は、江戸に行き、日本で初めて造られたビールをパリ万博に出展する際、また日本初のビアホールを開いたときのお手伝いをしていました。
そのご縁で、仙台の元寺小路(現在の本町)にお店をつくり大繁盛していたそうです。その当時は日露戦争の捕虜になったロシア人もお得意様だったと聞きました。驚きですね〜。
大正時代には、小田原あたりに牧場もつくり、ミルクホールを何店舗か経営しました。
祖母は、女学校に通いながら朝も夜も手伝いが大変だったけれど、あの頃のベルガモットの瓶はシュッとしていておしゃれだったとか・・・・・よくそんな話をしていました。今にして思えば、明治生まれの女性にしてはお酒の名前にも詳しかったです。

この写真の左端にヱビスビールの看板があります。
現在と同じロゴマークなんですね。
曽祖父の思いを受け継いで・・・・・。
だから、生ビールは、ヱビスなんです。
伝統のおいしいさをお届けします。

 

*仙台をもっと知りたい*

*情報提供のお願い*

今日は、みなさまに情報提供の御願いです。一昨日、ロシアから、アレキサンドル・フィルキンさんがハリストス正教会の児玉司教さまとご来店くださいました
詳細は下の写真をクリックして下さい

*奇 跡 の 器*


このガラス器は、明治時代から実際に
CAFE TAIGETSUで使われていたものです。
仙台空襲で焼け出されても残ってく れました。
初心を忘れないためにも、目にしやすい
お店の飾り戸棚 の中に飾ってあります。

*曾 祖 母 の 雑 巾*


家族写真に写っている日本髪の曾祖母が、着物をほどいて縫った雑巾を見つけました。
着物を縫った跡があるその布をいとおしく思います。
毎日、お店を開ける前には、この布でカウンターやテーブルを乾拭きします。
さぁ、今日はどんな方がいらしてくれるかな?
今日も元気に笑顔でいられますように。
来て下さった方に、少しでも幸せな時間を届けられますように。
(写真をクリックすると大きく見えます)